大判例

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仙台高等裁判所 昭和40年(ネ)274号 判決 1969年8月27日

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも、本訴によつて生じた費用は被控訴人の負担とし、参加によつて生じた費用は参加人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文第一、二項同旨及び訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方及び補助参加人の事実上の陳述及び証拠関係は、左記のほかは原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する(但し、原判決三枚目裏六行目の「恵庭出張受付」を「恵庭出張所受付」と訂正する)。

一、控訴代理人は、

(一)  控訴人には詐害の意思がない。即ち、

(イ)  控訴人は昭和三七年三月二三日粕谷光男(破産者)に対し金二〇〇万円を貸与し、従前の貸金七〇〇万円と合せて金九〇〇万円の債権を有するものであるが、その当時、粕谷自身についてはもとよりのこと、同人の個人経営にかかる訴外日北加工木材株式会社についても、業績不振とか、倒産の気配などが全然なく、控訴人もそのような事態を予想していなかつたからこそ前記金員の貸増しをしたものである。

(ロ)  粕谷はかねてから控訴人の貸金四〇〇万円(昭和三七年一月二九日貸金二五〇万円(弁済期日同年二月二七日)、同年二月一〇日貸金一五〇万円(同上同年三月一一日)以上合計金四〇〇万円)を担保するため控訴人に対し日本通運株式会社仙台総括主管支社発行の倉荷証券三通(寄託物の価格合計金八〇三万二、五〇〇円相当)を差入れていたのであるが、粕谷が、同人自身においてこれを任意処分し、その処分代金をもつて控訴人に対する債務の一部弁済に充てたき旨を申出でたので、控訴人は粕谷を信用して昭和三七年四月二五日右証券三通を粕谷に返還したのである。

(ハ)  ところが、粕谷は前記証券三通を処分したにもかかわらず、控訴人に対しては債務の弁済を全然しないので、控訴人としても債権保全の途を講じておく必要が生じたから、是より先の昭和三七年三月二三日に粕谷との間で締結した抵当権設定契約(担保物件は原判決添付目録記載の山林に対する粕谷の持分三分の一、被担保債権額は前記貸金九〇〇万円)にもとづきその旨の抵当権設定登記手続をするため、粕谷と同道して札幌法務局恵庭出張所へ向け出発したのであるが、途中粕谷がまたも前記山林持分を任意に処分して債務の弁済に充てたき意向を示したので、控訴人がこれを買受けることとし、たゞその処分は粕谷に委せ、粕谷がこれを処分して控訴人に売買代金を支払えば、控訴人の所有権取得登記を抹消する約定のもとに、両者間において前記持分の代金を金四五〇万円と定めて売買契約を締結し、その旨の所有権移転登記を経由したものである。

以上のような次第で、控訴人には詐害の意思が全くなかつたのである。

(二)  控訴人の前記持分権取得行為は否認権の対象とならない。即ち、

前記抵当権設定契約による抵当権は登記を経由していないが、未登記の抵当権者も抵当権の実行として競売の申立ができ、被担保債権につき優先弁済を受けることができるのであるから、前記持分が破産債権者の一般担保となりうる限度は、持分の価格から被担保債権額を控除した残額に過ぎないところ、右持分の価格は最高に見積つても金三二〇万円に満たぬ(前記山林の最高評価額金九五八万〇、七四二円の三分の一)ものであるのに反し、被担保債権は金九〇〇万円であるから、その持分を代金四五〇万円で売買し、その代金と被担保債権とを対当額において相殺しても、被産債権者の共同担保を減少せしめることとはならないので、控訴人の本件持分権取得行為は否認権の対象となるものではない。

(三)  被控訴人の主張に対する反駁

(イ)  前記山林持分権の移転登記手続は、保証書をもつてなされたものであるから、不動産登記法第四四条、第四四条の二の規定によつて明らかなごとく、登記官吏から粕谷宛に登記申請のあつた旨の通知がなされ、粕谷から間違なき旨の書面による回答を得て登記がなされるものであつて、被控訴人の主張するような脅迫、強請の事実は全くないのである。

(ロ)  控訴人は前記山林持分の売買当時において、対抗要件を具備していると否とにかかわらず、抵当権の実行(競売申立)ができるのであるから、抵当権の実行に代えて相当代価をもつて売買しても否認権の対象となるものではない。

と述べ、

二、被控訴代理人は、

(一)  控訴人と粕谷間に本件山林持分につき抵当権設定契約が成立したとの主張は否認する。仮りに、そのような契約が成立したとしても、その旨の登記を経由していなから、被控訴人らに対抗することができず、従つて、抵当権の存在を前提とする控訴人の主張は理由がない。

(二)  既に債務超過にある粕谷がその所有する唯一の財産である本件山林持分権を、売買代金と控訴人の債権額とを相殺する意図のもとに、控訴人に売却することは、売買代金の多寡にかかわりなく破産法第七二条第一号所定の詐害行為に該当する。

(三)  原判決三枚目裏一行目の「強要し」を「言い」と訂正し、同所四行目の「遮に無に」を削る。

と述べ、

三、補助参加代理人は、

控訴人の本件山林持分権取得行為が民法第九〇条に反し無効である旨の主張は撤回する。

と述べた。

四、証拠関係(省略)

理由

一、当事者間に争いのない事実、訴外粕谷光男(破産者)の経営する訴外日北加工木材株式会社の昭和三七年三月末現在における資産状況及び当時債務超過にあつたこと、同月末現在における粕谷の保証、連帯保証、連帯債務額及び同年七月一一日現在における粕谷個人の債務額並びに原判決添付目録記載の山林に対する持分三分の一が唯一の財産であつたこと、控訴人の訴外会社及び粕谷に対する連帯債権金九〇〇万円の内容、粕谷が控訴人に対し借入金四〇〇万円を担保するため日本通運株式会社仙台総括主管支社発行の倉荷証券三通(寄託物の価格合計金八〇三万二、五〇〇円相当)を交付し、また、同三七年三月二三日借入金九〇〇万円を担保するため本件山林持分につき抵当権設定契約を締結したこと、その後の同年四月二五日控訴人が右倉荷証券三通を粕谷に返還するに至つた事情及び粕谷も訴外会社も控訴人に対し前示借入金元本金九〇〇万円の弁済をなさず、右元本に対する損害金の支払も同三七年四月以降は滞つていたこと、控訴人が同三七年七月八日頃税理士柏葉康一郎から訴外会社の同年三月末現在における決算の結果及び営業状態悪化の説明を受け、同月一〇日粕谷と同道して札幌法務局恵庭出張所に赴く途中両者間において本件山林持分を代金四五〇万円で売買する旨の契約をなし翌一一日司法書士方でその旨の売買契約書を作成して所有権移転登記手続に及んだこと、そして、同月一三日右売買代金と控訴人の前示貸金債権の損害金及び元本の一部とを相殺したことについての判断は、当裁判所のそれも原審の判断と同じであり、原審証人真崎和子の証言並びに原審及び当審における控訴本人尋問の結果中右認定(当事者間に争いのない事実を除く)に反する部分は借信しがたく、ほかに右認定を覆えすに足りる証拠がないので、原判決理由記載の一及び二(原判決七枚目裏八行目より一二枚目裏一行目まで)をここに引用する(但し、原判決八枚目表八行目の「一一ないし第一三号証」を「一一、一二号証、官公署作成部分の成立に争いがなくその余は被告本人尋問の結果に徴して真正に成立したものと認める甲第一三号証」と訂正し、同所一〇行目の「甲第六号証」の次に「弁論の全趣旨に照らし」と挿入する)。

二、被控訴人及び補助参加人は、控訴人と粕谷間における前示認定の昭和三七年三月二三日設定の抵当権については詐害行為である旨の主張も、従つて、立証もしていないから、本件においては右の抵当権設定行為が否認権行使の対象となつていないことが明らかである。

三、右の抵当権が未登記であることは控訴人の自ら認めるところであるが、登記を経由しているか否かは抵当権者と第三者間における対抗要件の問題であつて、抵当権者と抵当権設定者との間にはその問題が生じないのであるから、立法論としてはともかく、現行法のもとにおいては未登記の抵当権者も、登記を経由した抵当権者と同じように、競売の申立ができ、一般債権者に優先して担保物件から被担保債権の弁済が受けられるのである。従つて、対抗要件の問題と詐害行為の成否とは別問題であることは控訴人主張のとおりであり、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

次に、本件山林持分には、被担保債権金九〇〇万円の抵当権が設定されているから、この持分の価格から被担保債権額を控除した残額が破産債権者の共同担保となるところ、当審における鑑定人土門利也、藤浦義雄の各鑑定の結果に照らすと、右持分の価格は昭和三七年七月一一日現在において金三二〇万円以下であることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠がないから、控訴人と粕谷間において前示認定のごとく昭和三七年七月一〇日右持分を金四五〇万円で売買し、その売買代金と被担保債権の元利金とを対当額において相殺しても、その売買価格が右のごとく相当であり、且つ、抵当権付債権との相殺である以上、毫も破産債権者の共同担保を侵害していないのであるから、右の売買及び相殺は否認権の対象となる行為ではないのである。従つて、否認権行使の適正を前提とする被控訴人の請求は、その余の主張を逐一検討するまでもなく、理由なきものと言わなければならない。

以上のような次第であるから、本件控訴は理由があり、被控訴人の請求は失当として棄却すべきものであるから、これと結論を異にする原判決は不当に帰するので、これを取消すこととし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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